《モエ》を喰ふ牛の牝《ハダ》の柔和《ヤヤシミ》がある。そしてこの牝牛《ハダベコ》は恐らく私が二歳《ふたつ》の年齡《とし》から十六の年齡《とし》になるまで心を惹きつけられた同じ土地のあらゆる處女《しよぢよ》の眼遣ひをして、此の私といふ狹隘で、横着に人間生活を悟りすまし、世間智でもつて硬化《かうくわ》し切つてゐる者の心を、不意に轉落《てんらく》させるだけの效果がある! ……

 友達の眼の長く切れた痩《や》せ形《がた》の細君《さいくん》と、まだ處女で肉付に丸味のある妹とは、その色白の肌に海水着の黒いのを着て、ボートの板子《いたご》に一緒に取り附いて泳《およ》いだ。彼女等はこの地方《ちはう》の山地の出生で、この日はじめて海に這入《はい》るのだが、黒色の胴《どう》の人魚《にんぎよ》で無からうかと幻覺を起させるほど、ここの風景に調和した慣海性があつた。彼女等はキヤツキヤツと叫びながら、白い足で水を高く蹴飛ばし蹴飛ばし、海岸と並行して泳いで行き、また泳いで歸つた。その歡喜に見ひらかれた眼には、肉感や淫猥を拔け出た貪婪《たんらん》さが溢れてゐた。私は友達と砂の上に居殘つてこれ等婦人の動作や表情やを見
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