した平野では到るところ田打ちを始めるからである。
 雜木林をチヨビチヨビ並べて一と筋につらなる村々の低空《ひくぞら》に、遠眼にもてらてらと白い艶《つや》を放して田打櫻《たうちざくら》の咲く見事さは、奧の日本を未だ知らぬ人には想像がつくまい。それは今も蝦夷の凄涼な俤を殘す此處いらの娘の齒のやうに、淨《きよら》かに白くかがやくのである。

  處女性の海

 故郷を二十年も離れて日本南方の海の明るさに感心し續けて來た感銘では、今故郷の津輕《つがる》の海を見たとて貧血な景色だと映る位の事で、特別な興味も無からうと思ひながら、G――公園の海水浴場へこれから行くといふ友達一家の人達と、A――市に滯在中の或る日、自動車で押出したことがあつたが、公園入口の松原で皆々下車するあたりから、わたしの見込みは崩れはじめた。まづ其處では東海道、關西の海岸の松原なぞは埃《ゴミ》つぽいと思はれるやうな松原が、小サツパリした姿をあらはして一と目《め》で私の眼の膜を拂つて仕舞つた。蒼《あをぐろ》い茂りを東北地方夏季中特有の優しみある空に、高くのびのびと差出してゐる松の廣い方陣、その方陣と方陣とのあひだに所々空間があつ
前へ 次へ
全43ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング