なになるには隨分苦勞したべ」と彼は優しく勞《いた》はるやうに言つた。彼は青森市の少壯政治家として、地方民に囑望されてゐるのを、一二年來何處からとなく聞いてゐる。なるほど人好きのするゆつたり[#「ゆつたり」に傍点]した偉丈夫だ。
「ああ苦勞したよ」とわたしは苦笑して、
「未だにその苦勞から脱けきらないで、今度は罹災民で都落ちだ」
「そして何處へ行く?」
「板柳だ」とわたしはこの弘前市から三里ほど北の町の名を言つた。
 彼は氣うとさうな斜視《すがめ》の眼で何處《どこ》を見るともなく見つめて、依然頬には人の好ささうな微笑を漂はせてゐた。輕薄な冗談ひとつ言はないが、人を惹きつける快い力が、その無言の身體のうちに溢れてゐる。わたしはまた故郷の大地の何ものかに觸れた氣がしたのである……
 わたし共は暫く昔話をしたあと、再會を期して別れた。

 この晩わたし共夫婦親子は弘前市の次ぎの驛で、夜遲くまでまた待たされた。ここは支線の汽車の立つ驛で、津輕平原を北に日本海を指してゆく處である。プラツトフオーム[#「プラツトフオーム」は底本では「プラツトフヤーム」]にある四方玻璃窓の待合室で待つてゐたのであつた
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