さまで足駄穿きの足をこのストーヴに突き出してゐた男が、のそのそ[#「のそのそ」に傍点]わたしの方にやつて來た。四十近い年配で、黒のインバネスを着てゐた、目をシヨボシヨボ斜視《すがめ》のやうにつかふ癖のある、童顏の大きな男であつた。
「君はX――君ぢやありませんか」とおづおづした聲で訊く。
わたしは弘前へは出直してくるつもりだつたが、早くも見つかつたかと「さすつたナ」といふ氣で、相手をぢつと見た。
「ああさうです。君は?」
「うむ矢張りさうか」と如何にも人が好ささうに笑ひ出して、その特徴のある眼をなほ近づけ、言葉も俄かに土地の言葉になほした。
「忘れダガ。W――だ。W――……」
忘れダガといふのは、忘れたかと云ふ事である。津輕地方語には濁音が多い。
「あつ、W君、青森の?」
「うん」
わたしは硬《こは》ばつた心が急に融ける思ひがして、同じくらゐ背《せい》の高い相手の顏に、感動の眼を見張つた。彼が大學生時代に東京で別れて以來十七八年になるが、よく見誤らずに見當てたものだと驚嘆した。わたしは人並よりは大分背の高い方である。彼もわたしに負けぬくらゐ高い。
「君の評判はよく聞いてゐる。あん
前へ
次へ
全43ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング