も話好きだし又上手である。しかし二十年目でこの話の渦卷きに飛びこんだわたしには、あの車中から見た無人境の景色同樣、「おれはお前の父親同然のもので、父親よりも又お前に縁故の深いものだ」と、わけも解らず強く名乘り出されてゐるやうな氣がした。他郷の環境での二十年間にわたる生活は、わたしの眼と耳とを自分の思つてゐた以上に遠く、全然別に育ててくれたのである。
 わたしも他郷へなんぞ行かずに、この土地に居切《ゐき》りで今になるまで育つたら、彼等と同じ言葉を使ひ、同じ表情をし、同じ動作をして夢中に話しあつてゐるのだらう。それが今無理にやると、役者のするやうに空虚な眞似事をするに過ぎなくなる。環境には目に見えない魂があつて、それがその環境の人間のする如何《どん》なものにも現はれてゐるといひ、これを離れると個人はその生活の活力を失ふと、地方主義者のマウリス・バレエスはいふ。

 長女を連れて停車場の雪構ひした入口をぬけて、田圃向うの市街を一瞥したり、賣店に行つてキヤラメルや繪本をひろ子に買つてやつたりして、また妻のまへに立つてゐると、すぐ傍の二等室のストーヴに當つてゐた人だかりの中で、いかにも傍若無人の
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