たなくちやならん」
「困りますネ」
「うん、弱つた」
 私は長靴の兩脚を、雪融けの水でぬかるみ[#「ぬかるみ」に傍点]になつてゐる叩きに踏ん張つて、これからの善後策に就き妻と話をしたが、それが濟むと身を轉じて待合室の中央に向きをかへ、わたし等を取卷いてゐる群集を見まもつた。

 一種異樣な風采の群集である。其の喚《わめ》いてゐるものは何も彼も騷音で這入つて來るが、中ではつきり聞きとれるものは、今しがた、出札口の驛員から聞いたと同じく、この大地から湧いて躍り出たとしか思はれない言葉である。
 待合室は雪構ひで外部を覆はれてゐる上に、電氣も未だつかないので、薄暗く、群集はただ黒く渦卷いてゐるやうに見えて居り、その中から一切の騷音が割れかへるやうに溢れてゐる。マントは大頭巾が着いたのを着てゐる。頭には風呂敷を三角に折つた冠り物をしてゐる。こんな冠り物をしてゐるのは、大抵百姓女である。見榮も恰好もなく着るによいだけ厚着をして、どれも皆元氣よく野獸のやうに強い響きをもつた、しかし其のなかに異樣なくらゐ可憐《いぢ》らしさの籠つた言葉でもつて、大聲に喚き合はしてゐる。
 わたしの故郷の人はどんな人で
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