を享けて以來最初の神祕な記憶、その一瞬間から永いのちのちまで蠱惑する「夢」として殘されたのである。
移住民……! これもあとで分つたのだが、わたしの家族はそのとき、親代々住みなれた地方一の城下|市《まち》を離れ、幌をかけた荷馬車に搖られ搖られして、山裾から平原を北に横ぎり、山峽《やまあひ》の險しい國道をとほり、峠をのぼり下りして、その別な平原にまさに這入らうとした口《くち》で突然と山が切れ、海が右にひろがつて、にこやかに、氣輕に、春のひかりのもとに眩ゆいばかり青々《あをあを》と、荷馬車の上の一行に現はれたのである。
わたしの一家はその頃|零落《おちぶ》れたどん底にゐたらしいが、父も母も、またわたしにはただひとりの同胞《きやうだい》たる兄も、みな綺麗な事では知合ひの間には評判であつた。母はわたしの幼な年にも覺えてゐるが、色白の面《おもて》に剃つた青い眉根と、おはぐろ[#「おはぐろ」に傍点]との映《うつ》りの好い顏だちであつた。その頃十一の小ましやくれた、しかし勉強に精を出す兄は、女のやうに美しいと賞められてゐた。父はと言へば御維新の後々《あとあと》までもチヨン髷をゆひ、「玉蟲《たま
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