長女をやつこらさ[#「やつこらさ」に傍点]と抱きあげた。
「貴方寒いでせう」
「なあに寒けりや直ぐ厭だといふさ」
わたしは少し自棄糞《やけくそ》に子を抱きあげて窓外の風に向け、その小さい頭を出してやつた。
汽車は川べりの勾配を走つてゐて、わたし等の視界に玩具《おもちや》のやうに小さく現れた先頭の機關車が、その灰色と鼠色とで塗りつぶされた無人境の平野を、ただ一人の生き物かのやうに白い綿毛の煙りを噴いて走つてゐる。川は雪のなかから黒い斷崖《きりぎし》と、一面に皺ばんだ鉛色の流れを見せたが、間もなく雪の畠地に隱れてしまつた。骸骨の樣な橋も黒々と長く見えてゐたが、斜めに見えてゐたものが眞正面に展いて見えたかと思ふと、またするすると斜めに走つて、雪のなかに攫《さら》はれるやうに見えなくなつてしまふ。
「どうだ、えらい處だらう。人つ子一人ゐないんだぞ」とわたしは長女の顏をのぞき込んだ。彼女もこの寂しさと荒さを極めた自然の威力に打たれたか、風上《かざかみ》に顏を向けて、べそ掻くやうな表情をしてゐたが、喰《く》ひつくやうになほも列車の前方を見まもつてゐる。十五年餘り故郷を離れて暮らしてそのうち
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