この子供が生れたので、わたしは故郷の市《まち》を偲んでその頭の文字一字をとつて、「弘子《ひろこ》」と命名した。
 これぐらゐわたしの心を永いあひだ離れられなかつた故郷に、今、記念品の娘まで指し向けて會合するといふのに、無愛嬌《ぶあいけう》な、見るから寒氣《さむけ》だつてくる無人境の風景畫を遠慮も會釋もなくおし擴げたのである! わたしは見も知りもせぬ人間が嚴《きび》しい顏をして、「わたしはお前の父親のやうなもので、お前の産みの父親よりもつと縁の深いものだ。どうだ、わたしの風體《ふうてい》は」といふやうな者に出會《でつくは》した氣がする。

「ひろ子、あれを御覽。ほらお山だよ、お山」とわたしは長女に鼠色の岩木山を指さした。

    ※[#ローマ数字2、1−13−22]

 故郷の弘前市に着いたのは、これがさうかしらんと遠くから眺めてゐた大村落を通過して、また一と渡り雪の平野の一角を突つ切つてからのことであつた。尤も大村落と言つても雪の水田中に裸な立ち木の林と一緒に群がつた不樣な農家の長いわびしい繋がりで、停車場をのぞいては村のとつつきで四五臺の馬橇《ばそり》の列が、馬子《まご》がてんで[
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