も唸つてゐないかと思はれるくらゐ、ひつそりして暖かくうん氣[#「うん氣」に傍点]ざしてゐる。

 妻はうしろ向きになつて、昨夜からベンチに敷詰めの毛布をこまめに疊んでゐる。
「貴方どう。もう弘前が見えて」
「いや未だ仲々」
「支度は皆《みんな》出來たわ」
「さうかい」
 わたしは窓外の景色に少し興が覺めてぼんやり答へた。この汽車を降りたら直ぐ寒暖計が一遍に二十度も落ちるやうな、外氣のなかにさらされるのだと思ひながらその前屈みになつてゐる妻の後姿をぢつと見た。
 彼女は肥つてゐる上に思切り着物を着込み、その上に當歳の赤ン坊をネンネコで負《おんぶ》してゐるから、いつもより餘程膨大された恰好になつてゐた。傍には私等の鞄や信玄袋や風呂敷包でベンチが一つ盛り上つてゐた。
「でも岩木山が見え出したよ」
「ぢやもう市《まち》が直きなんでせう」
「それが家ひとつ、人つ子ひとり見えないんだよ」
 わたしは例の遠くの森や林を流れる薄い霧を目に浮べた。
「父ちやん、わたしにも見せて」と長女が再び手を差しだして延びあがる。
「よし父ちやんの故郷を見ろ。えらい處だぞ」と、わたしは毛糸づくめの洋服で之れも着膨れた
前へ 次へ
全43ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング