ないくらゐ、薄い細かい吹雪が彼の邊に吹き廻つて、それが、霧のなびいてゐるやうに見えるのであらうと、わたしは其のテーブルクロースの隅々に目を走らせてゆく。連脈のうへに一と際《きは》高い山が上部は密雲のなかに塞《とざ》したまま、鼠色な腹を示しはじめた。この地方名うての靈山岩木山だなと、わたしは心のなかで合點《うな》づいた。餘り寒い景色なので別に感興も起らない。ただ雲のしたに現はれた裾ひろがりの鋭いスカイ・ラインをぢつと見まもる……

「私にも見せて頂戴、よう、よう」
 と今年|四歳《よつつ》になる長女が、妻のベンチから鼻聲を鳴らしてゐる。
「駄目、駄目。寒い風がピウピウ吹いてるんだよ。」
「いやいや。見るう。ひろ子も見るう」と足をバタバタやつてゐる。
 わたしは窓を離れて妻のベンチの處へ行つた。汽車は終驛が近いので、上野驛以來の乘合客も大半降りてしまつて、車内はわたし等夫婦親子の專有かのやうに、廣くガランとしてゐる。ベンチの凭れ板の列と、默りこくつてゐる些少の乘合客の頭とを越して、車室の突き當りに掛つてゐる掲示板が見透しになつて居り、窓外の險しい景色とは打つて變つて、ここは其處らの窓に蠅で
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