弱いもの、まゐつてるものは永遠に振り棄てるのだ
いつ逢ふか知れない世界に離《はな》れ離《ばな》れになつてしまふのだ
おお筏に折よく這ひ上がれた人は這ひ上りたまへ
棹をさし
帆をあげ
舵をまげろ
その船頭役は吾れ吾れ少數者がやつて行く

吾れらが舷燈は唯だ一つしかなく
吾れらが舷燈は船首にかかつてゐる
吾れらが舷燈は光力が鈍いが
吾れらが舷燈は行く先きを照らしてゐる
油壺の油は吾等の涙である
深かい涙である
夜の暗を照らしてゐる
斯くして永遠に吹きつのる風に逆うてゆく
暗の落ちつく先きは知らないが
斯くして進んで行く
ああ搖すれゆすれて休む間もない
吾等の筏に
夜な夜な輝く星よ
ふきつのる嵐よ
大うねりする波の回轉よ
そのたけり聲よ

夜が明けて晝になる
荒れはやむ事はない
ああその中に見る
太陽よ
吾が血を充ちふくらせるその熱度よ
空中にががんとして燃える大銅盤
おおその下をふく熱風
あらゆる生物《せいぶつ》をしをれ返へしてゆく極熱風

あるひは霰ふり
吹雪ふきちり
氷山流れ
埋葬の黒い鳥がさけぶ
極北よ

ああ吾が筏はかかる中をゆく
ああ吾が筏はかかる中をゆく
陸にゐるものは知らず

前へ 次へ
全59ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング