息たち
何處で鳴くともしれぬ山鳩の聲は
梢に唯だ一つ殘る黒い葉のやうにふるへる

もの寂しく遠吠えする果樹園の番犬《ばんけん》
突然鋭く發射する連發銃の反響
遠い山脈からは雲一つうごかず
遠いあさぎ色の麥畑のそよぎまでも
日は悲しげにしんと照らしてゐる

此の時|堪《こら》へきれないやうに君の暗い影は
空とぶ鴉《からす》のやうに私の胸へ落ちた
手錠のやうに箍《たが》のやうに
おもく呼吸《いき》ぐるしく私の胸を抱きしめた
ああまたしても私等は悔いるのか
あの遠吠をする犬のやうに
罪と苛責《かしやく》に吠えるのか

うらがれ時の果樹園に
しらじらしくもふるへる白い日の光
その薄寒い木立の奧に
犬は悲しげに吠えてゐる

  鍛冶屋のぽかんさん ――七月

梨の花が眞白に咲いたのに
今日もまた降る雪交りの雨
濁り水は早口に鍛冶屋の樋《とひ》へをどり込み
眞裸《まつぱだか》な柳は手放しで青い若葉をぬらしてゐる

此處の息子はぽかんさん
とんてんかんと泣く相鎚《あひづち》に
莓《いちご》の初熟《はつなり》が喰《た》べたいと
鐵碪臺《かなしきだい》を叩《たた》くとさ
手をあつあつとほてらして叩くとさ
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