な笑つてるやうな死顏《しにがほ》を
夜長の眠られぬ夜ちらちら鏡へうつすのだ
霧雨《きりさめ》の空洞《ほらあな》に響きなき鏡
その鏡は三本の格子を滲《にじ》ましてぼんやりと天井に涙ぐむ
半睡の室内では蝋燭がちらちらと
遠い水音や葉摺れの憂愁や其の空中に消えて行く幾千年の沈默に
銀の影を薄く壁にそよがしてゐる
何處《どこ》かでは固《かた》パンをかじる鼠が練絹《ねりぎぬ》のカアテンにひそんで啜泣《すすりな》いてゐるだらう
或る温室では釣鐘草《つりがねさう》や葵《あふひ》や棕櫚《しゆろ》が頭《かぶり》を振つてゐるだらう
あらゆる時間は青ざめた歴史を編みながら雨中を押流されてゆくだらう
休止した時計の振子《ふりこ》は
永遠の底へ沈んでゆき
私の生命《いのち》は樽《たる》のやうに冷たい空洞《ほらあな》を流れてゆく
發車前 ――六月二十七日
低い空はぼんやりと街の灯《ひ》をうつして
薄月に小雨《こさめ》が降り出した
夜行列車の振鈴《ベル》は鳴り渡つて
一時に動《どよ》みはじめる群集の呼び聲
ああ私はどこへゆく?
ぞろぞろと改札口を出る群集
かすかな眩暈《めまひ》からふと目がさめて
私は
前へ
次へ
全59ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング