た頃から見ると作のない今の自分は一段と悲境にある事は感ぜずに居られないけれども、自分は此處から燃え上る火焔の未來に於て異常である事は信じて疑はない。如何なる劍の穗先きが此處から出るか、如何なる叫びが出るか見ろ。

 自分が此處まで來るに就いては感謝しても感謝しきれない人がどれ位あるか知れない。今その内でも之を出すに就いて非常に骨折つてくれた兄、自分を勵まし自分に力を與へてくれた木村莊太君、木村莊八君に感謝してこの自序を終る。吾が愛は今に解る。吾が愛は今に解る。見よ、吾が狂烈なこの愛を。
 二月二十八日
[#地から1字上げ]福士幸次郎
[#改ページ]

 錘

[#ここから4字下げ、19字詰め]
これは全世界を失つて彼自身の靈魂を獲た人の問題である
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]アアサア・シモンズ
[#地から2字上げ]「文藝上に於ける象徴派の運動」

[#地から2字上げ]明治四十二年作

  白の微動 ――十一月

中空《ちゆうくう》の輝《かがや》き
並木《なみき》の梢は尖《とが》り
目覺《めざ》めた光は建物の角《かど》かどに
鮮《あざや》かな煌《きらめ》きの夢を抱く

廢《すた》れた洋館《やうくわん》の空氣の
空《むな》しい音は遠ければ遠いほど……
擦《す》り合ふ樹林《じゆりん》に
かすかにかかる
晝の思ひに慄《ふる》ふ壁のにほひ

ああ、崩《くづ》れ掛《か》けた壁に
日光《につくわう》の漂《ただよ》ひの
輝《かがや》かしく、又痛々しい
單色《たんしよく》の顫動《せんどう》

冷笑《れいせう》の鋭《するど》さ――
亡《ほろ》びた空想を嘲《あざ》ける色
胸もあらはに投出《なげだ》した
其の崩壞《くづれ》!
跡《あと》!

煌《きらめ》き、波立つ光の上を
冬の日は殘りなく
微動《びどう》し渡る

  錘 ――十一月

雨は降る――
暗黒《あんこく》の夜《よ》を絶間もなく
みだれ……碎ける――夢の音

重い瞼《まぶた》を開く間《あひだ》
闇が這ひ
幾重にも押し包む
床《ゆか》の上――室内《しつない》

机の上にはランプがある
音もなく……
錘《おもり》の底から焔が燃える

しらしらとかすれながら
せき上げる
眞夜中の聲だらうか
熟睡した病女の
さてはたるんだ瞼《まぶた》だらうか
音もなく……錘《おもり》の底から
焔が燃える

幻惑《げんわく》に勞れた焔は
衰へながらも燃え上り
………………………
力なくすれすれと
燃え上り……
又夢を見る

その中に
果もなく魂は
沙漠の雨に踏み迷ふ

  落葉 ――十一月

溢《あふ》れ動く感銘《かんめい》の惱《なや》ましい
雨の氣《き》とうす暗《やみ》と――

廂《ひさし》を振り落つる滴《しづく》の――
途切《とぎ》れては孕《はら》まれて
止むことのない點《てん》……點

暗い一日の生《せい》の終りに
とりとまりない嘆きの一節《ひとふし》を
泣き濡《ぬ》れた唇《くちびる》の慄《ふる》ふままに
歌聲は絶え沈む――
水の上

斷《た》ち切れぬ命の一筋に
亂れ降る霙《みぞれ》の闇《やみ》の扉《とびら》

今日もまた
塞《ふさ》がれた爐《ろ》を前に
風に追はれて散《ちら》された
牢獄《らうごく》と老年は暮れた!

  窓から ――十一月

死ぬるを忘れた青い鳥の羽《はね》
軟い光はガラス窓を廻《めぐ》り
閃《きらめ》く林の黄色《きいろ》い日

落した直覺《ちよくかく》の跡《あと》を微笑《ほほゑ》み
机の香《にほ》ひを嗅《か》いで、輕《かろ》く打つ時

羽《はね》擦《す》り合せる樹《き》の上の鳥!
歡喜《くわんき》のさとさで漁《あさ》るに速い
其の嘴《くちばし》を逸《そら》し給へ
貪婪《どんらん》な睡眠者《すゐみんじや》の樹身《じゆしん》の蟲!
温く軟《やはらか》い冬眠《とうみん》の歌
空から落ちた神話《しんわ》の巨人《きよじん》も
此の軟い歡喜を見たらうか

廻《まは》れ、廻れ、羽蟲《はむし》の群
透明な羽の香ふままに……
古い花にも似て空氣の光るのを
小歌《こうた》をあげて烟の立行くままに

  POE に獻ず ――十一月

[#天から4字下げ]Leave my loneliness unbroken!
[#地から2字上げ][#ここから横組み]“Raven”――E. A. Poe[#ここで横組み終わり]

密生林《みつせいりん》の眞白《ましろ》い閃《きら》めき
歩《あゆ》めば、歩むほど林の落葉を――
佇《たたず》みめぐる晝中《につちゆう》の思ひ……

一歩に一字の意味を探し
おち散る落葉の陰《かげ》にも瞳《ひとみ》を見出す時
晴れた十一月の空――
それにも優《まさ》る感情《かんじやう》の平明《へいめい》をおもふ

あはれこの詩は此處にも抱かれ
眞面目《まじめ》に色|褪《さ》めた墓原《は
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