つくやうだけれども
それにかかつては鐵骨の髓も片なしにくづ折れてしまふ
ああ城だ
城だ
白くががんとした美しい城だ
この城の土臺に穴をほじくつて行く蟲のやうに
自分はしみじみとしながら生きてゐる
押せばつぶれるやうなもろさを強めるに
穴をほじくつてゐる
それに永遠の生命あるものをつめかへる
埃《ごみ》のやうに小さいけれども
吹けば飛ぶやうに小さいけれども
地球を負ふアトラス程の力あるものを
世界の中心に眞直《まつすぐ》に線《すぢ》をひいて外づれる事のないものを
そこに入れるのだ
斯くして力がある
永遠に拔けることのない力がある
※[#ローマ数字4、1−13−24]
自分は諸君に考へて貰ふ
海底に働いて沈沒船を引上げる
潜水夫を
彼等はハンマアを持つて船の破れ口に板をはめ
鋲を打ち
斯くして内と外との水の交通を途絶して
船中の水をポンプで掻い出して
船を水面へ浮游させるのだ
ああ斯くして船は思ひも掛けない白晝《まつぴるま》の明《あかる》い世界へ出る
彼等の鋲を打つ手
破《やぶ》れ口をふさぐ手はのろくさいけれども
こののろくささに堪へきれなくて
腹が立つ人があつたら
自分も共々に潜水夫になれ
世界の多くの斯かる人は盡く潜水夫になれ
その高くとまつて何《なん》の彼のといふのを止してハンマアをとれ
勞働者になれ
斯くして吾が手に打つ鋲一つが船の浮ぶのを一瞬でも早めるものである事を知れ
如何にしてどんな具合で浮ぶかはいまの時として解らないけれども
吾がなす事が船を浮める所以である事を知れ
ああ水夫になれ
あらゆる人々
幾千年前からして海底にゐた人生は
暗闇《くらやみ》にせめぎ泣き悲しみ
むだに苦しみ
暗から暗へ葬られてゐた人生は
斯くして今いづことも知れない海上へ浮び上げる人類の力を待ちつつあるのだ
光みなぎる青空のもとに
跳躍させる人類の手を待ちこがれつつあるのだ
※[#ローマ数字5、1−13−25]
自分は今このハンマアを握つて辛苦する
聖人になりたい
打つ鎚が常にねらひ外づれず打ちつづけられる
聖人になりたい
永遠に打ちつづけて倦むことを知らない
聖人になりたい
自分はまた彼の石に穴をほじくる
頭《づ》の固く齒の強い蟲になりたい
貪ぼつてやむことのないその蟲に
あらゆるものを斯くして食ひ亡ぼして行きたい
そして強いものを出して行きたい
斯くの如き聖人になりたいのである
山ほどある勞働をものともせずやつて行く聖人に
ああ自分はどぢである
世界最大のどぢである
斯くの如きどぢが今斯くの如きのぞみに向つて行きつつあるのである
ああ底に隱れてゐる愛のために
底に忍び泣きしてる生命のために
おきざりになつてる魂のために
世界の最もおくれたものに
片足突つ込んでゐるのである
わがまま者の歌 ――八月十六日
自分は小供の時泣蟲といはれたが
あまり泣いたことのない子だ
人が死んでも泣いたことがなかつた
ただ自分が一度あまりに馬鹿だと氣がついたとき
前後を忘れて泣いた
聲も涙も一度に爆發して來た
あれは二十歳《はたち》位の年であつた
自分が若しこの時涙の味を知らなかつたら
一生眞に泣くといふことを知らずに過したらう
惡いものにぶつかればぶつかる程力が出る
負けがこめばこむ程力が出る
自分はそれだけ光を追うてやまない子だ
追ひ廻してやまない光の子だ
つまづけば直ぐ起き上る
そしてまた立直つて行く
それは眼に涙がたまつてる事はあるだらう
しかし自分は泣いてなんぞゐられない
そんな所に片時もぐづついてゐられない疳癪持ちだ
冷酷だといふものは勝手にしろ
山上の火よ ――九月
山上《さんじやう》の火よ
爆發《ばくはつ》する淺間よ
灰色なる暴風よ
流るる如く梢を靡かせる山林よ
をやみない流動の聲よ
君は絶えず爆發する
唸《うな》る
電《いなづま》を閃めかす
東京の靜かな街の十文字に自分がふと立停るとき
四方に電車が別れ別れに遠去《とほざか》るとき
自分は君を思うて嘆息する
憧憬する
ああどこにああいふ強い力が君にあるか
爆發せよ
君よ
街を人は歩いてゐる
煙草屋の店先に三四人ひと集《だか》りしてゐる
おお爆發せよ
君よ
灰色の暴風を吹き給へ
おお自分は嵐を讃美する
都會の屋根が大雷雨の下で
青くひつそりとしてゐるのが好きだ
暗い中からぴかりとするのが好きだ
ああちぢこまれる人間よ
息を殺してゐる人間よ
目に見えない力が
僕等の眼の前に迫つてゐるのだ
暗闇《くらやみ》にさして來る大潮《おほじほ》のやうに
この日中《につちゆう》に裸出してゐるのだ
おお空中よ
埃《ほこり》で眞白《ましろ》い
この中に嵐が潜《ひそ》んでゐる
爆發がひそんでゐる
全世界の祕密が常に隱れてゐる
自分はその大道を大跨《おほまた》で濶歩し
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