つ》もない大きな望みを懷いてゐる
それでよろしければ自分は諸君といつでも握手する

    ※[#ローマ数字2、1−13−22]

自分はどぢだ
別に新らしいものも何も持つてゐない
自分はどぢの骨張で
そのどぢを世界の最も偉大な聖人にしたいと思つてゐる
これが今いうた自分の途徹《とてつ》もない大きな望みだ
聖人には隨分なりたい
今は諸君の憎まれ者かもしれないが
今は諸君のうとまれ者かもしれないが
自分はゆくゆくあとは世界最大の聖人になりたいのだ

ああ自分はどぢであるが爲めに
萬事萬端まがぬけてゐるが爲めに
かかる聖人になり得る資格がある
自分はその點で今いちばん人から後《おく》れがちだがあとでいちばん進んだ人間になる
若くはあらゆる難《むづ》かしいものは皆僕へ來てほどけるやうになる
人生の缺陷《けつかん》
躓《つまづ》き
災害
怪我
間のびてどうにでも倒れるもの
ほろびるもの
うらなり
ぐにやぐにやしたもの
皆確かな生命を吹きこめられる
活溌な生を感じる
彈力がつく
どんでんがへしにはずんで生きる

世界はこれまで暗いものが勢力をしめた
シエクスピアのハムレツト、マクベス、オセロ、ロメオとジユリエツト
ウオーヅウオルス、エドガア・ポオ、ヴエルレーヌ
暗い中から美しい寶石のときめきを見せたアルツウル・ランボウ
幻惑的《げんわくてき》なジヤン・モレアス
行きづまつた苦しいフロオベル
發狂したモオパサン
ガルシン
アンドレーフ、チエホフ、ソログーブ
惡魔の讃美者、死面《しめん》のボオドレエル
ヘツダ、ヤルマアル、グレエゲルス、オスワルド、涙も出ない現實生活の苦痛や悲慘
すべて君等に萬遍なく包まれた暗黒の殼を破つて
光明に眼《まなこ》みひらいたのは僕等である
地殼を破つて出た子である
躍り出した子である
永遠に光明を憧れてやまない光の子である
どぢなる自分は斯くして世界最大の聖人になる
もつとも多く太陽を吸收する子である
太陽の子である
斯くして段々成長する
斯くしてどぢなる自分は最も光を吸收し
聖人になる

    ※[#ローマ数字3、1−13−23]

斯くの如き自分は諸君の作一切を否定する
諸君は根もない暗黒を好むから
もつと自分を突出して云はないから
きめてものにかかつてゐるから
いつまでたつても同じレフレエンだから

諸君はめいめい自分の一番欲求するものに
熱心に突つかからない
熱心の度が淺い
だから自分とは永遠に遠い
今見たいでは永遠に離れる
手を握る折りがない
握つても力が這入らない
永遠に離れる
自分はひとりになつても一向かまはない
孤立は覺悟の上だ
自分程人間を愛して一緒になりたがる人間もすくないが
自分程兎角人と離れ勝ちな人間もすくない
けれども自分はいつでもあらゆる人と手と手を握り合つてゐる
自分は人は好きだ
後ろから後ろと手を廻して握り合つてゐるのだ
向ふはさう思ふまいが握り合つてゐる
今はそれだけより出來ない
出來ないから明《あか》るみへ出て公然《おほぴら》に握りたいと思ふのだ
自分は暗闇《くらやみ》に埋れたものを明るみへさらけ出す
しかも美しく強くさらけ出す事が出來る光の子なのだ
しかし今自分のすることはぎらついて
厭かもしれないが
氣やみ患者が明るみを厭がるやうに
僕のする事は嫌がられるかもしれないが
自分はかまはず荒療治をして行くのだ
がむしやらに出て行くのだ
冷酷無殘にやつて行くのだ
人がまゐらうが倒れようが顧慮せず一切やつて行くのだ
地に泰平《やすらかさ》を出さんが爲めに吾來れりと意ふなかれだ
人をその父に背かせ女をその母に背かせ嫁《よめ》をその姑に背かせんが爲めなりだ
爲めなりだ

だから自分はいつもひとりぽつちだが
永遠にまゐらない
君等を友にしないことで永遠にまゐらない
自分の友は道ばたの漁師や不良少年やうろつきものから出てくるのだ
自分にひとりでについて來るのだ
彼等が永遠の人間になるのだ

ああ君等よ
君等と同じ人間であつて
自分は斯くの如く君等を輕蔑せねばならないのだ
無視せねばならないのだ
自分と君等との大きな相違點は
工匠《いへつくり》の棄てた石を家の親石にするのだ
眞理の燈《ともしび》を桝《ます》の下から出すのだ
一切の邪魔物をとり去つてその光をあらはにするのだ
砂の上の家を無殘に突き飛ばして
岩から新しい家を建てるのだ
どんな家かも知らない君等とはだから永遠に離れるのだ

自分もその家はどういふ家か解らないが
四方の城壁はががんとして大きく
白堊岩《はくあがん》よりも銅の鏡板《かがみいた》よりも堅い光つたものにしたい望みだ
屋根もわからず
鐘樓もわからず
尖塔もわからないけれども
土臺《どだい》の仕事はやや出來てゐる
流動する水のやうだけれども
コンクリートより丈夫だ
柱はふら
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