てゐる
どしりどしりと歩いてゐる
そして腹の底からわなないて來る歌を感ずるのだ
勢ひのよい眞に微妙な歌を感ずるのだ

  ああ平原のかなたに ――九月一日

ああ平原のかなたに
夜はまだ明けない
星は霧の中にさざめき
水蒸氣は冷く叢《くさむら》をうるほしてゐる

わが命は濡れて渇《かわ》くことなく
わが戰ひの旗は肩越しにしをれてゐる
ラツパは夜なかの夢をつづけ
兵隊は闇間《やみま》に起き伏す草のやうに眠つてゐる

かかる中にわが魂は目醒《めざ》めて
一線になつてゐる敵を見る
遠い睡つてゐる地平線のさきを見る
葉摺れの中にただひとりめざめて
永遠に醒めてゐる目が一つある
それが敵を見る
睡れる味方と敵の中に
唯ひとりめざめてそれを見る

  白い蛆蟲の歌 ――十月二日

[#ここから3字下げ]
[#ここから横組み]“Je suis le fils de cette race
Dont les cerveaux plus que les dents
Sont solides et sont ardents
     Et sont voraces.
Je suis le fils de cette race
     Tenace,
Qui veut, 〔apre`s〕 avoir voulu,
Encore, encore et encore plus.”
     “Ma race.”――Verhaelen.[#ここで横組み終わり]
[#ここで字下げ終わり]

ああどうしても
どうしても
君は生命の蛆《うじ》だ
どんらんな白い蛆だ
輝《かがや》くはがねの兜《かぶと》より頭《づ》が固く
二枚の出齒はどんなものでも噛みつぶす
ああその君こそあらゆる堅いものを
美しい日のもとに輝かすものだ
天日《てんぴ》に美しくさらすものだ
世界の光景を一變させるものだ
われはその爲めに生れて來た戰ひの子だ
かくも強い頭《づ》と出齒を獲物にもつて生れた健鬪の子だ

  男性の歌 ――十一月十七日

世界中の人が苦しい顏をしてると
自分は烈しい羞恥《しうち》の心が起る
自分は斯うしては居られない
斯うしては居られない
ニイチエは超人《てうじん》と普通人を比較して
普通人を猿として笑つた
自分が世界中の人間が猿みたいに見えると
烈しい羞恥の念が起る
自分は斯うしては居られない
斯うしては居られない
自分は人間に生れた筈だ
確かに人間として生れた筈だ
吾れにしろ君にしろまた彼れにしろ
おお彼れにしろ



底本:「日本現代文學全集 54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」講談社
   1966(昭和41)年8月19日初版第1刷発行
   1980(昭和55)年5月26日増補改訂版第1刷発行
初出:「太陽の子」自費出版
   1914(大正3)年4月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2008年8月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全15ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング