光がふえてゆく、力が増してゆく
ふらふら昇つて
落ちさうで落ちない
日は空中を昇つてゆく
だんだん呼吸《いき》をはずまして
勢ひ込んで昇つてゆく

    ※[#ローマ数字4、1−13−24]

ああこの中に吾が愛子よ
ああこの中に吾が愛子よ
お前はまじまじ何を見てゐる
お前はおどおど何を怖がつてゐる
自然はいつでもいちやついてゐる
自然はいつでもとりとめなく生きてゆく
けれども其處にまことの彼があるのだ
それに逆つて泣いててはいけない
泣顏《なきがほ》あらはに進んでゆけ
泣きの涙でもよい進んでゆけ
恐怖を歡喜にかへて胸ををどらせろ
深く深く自然を愛しながら進め
ますます勇氣を振ひ起して進め
お前は日の子だ
冬が來ても決していぢけない
科學もいいもので文明もいいものだ
自然はいつでも宏量で
いつでも機嫌《きげん》よくわけてくれる
自然は人間を可愛がつてゐる
わけ隔てなく誰へも彼れへもわけてくれる
決して自然を僕等が征服するの何のと大きな口をきくな
そんなことをいふから人間は墮落する
自分で自分の舌を噛んでゐる
永い事、永いこと怖い夢を見て暮らしてゐる

悲しくつらい所をたどつてゐる

    ※[#ローマ数字5、1−13−25]

私の愛子よ
日の子の一人よ
人間は皆墮落して
闇い嘆きの根を地におろしてゐる
またそれだけ枝葉を高く茂らしてゐる
しみじみとまがりくねつて生きてゐる
恐しい夢にうなされながら
地獄の鐘をたたいてゐる

    ※[#ローマ数字6、1−13−26]

それだけ闇を吹消《ふきけ》す愛がいるのだ
それだけ愛の清水《しみづ》が涌かねばならない
闇の業火《ごふくわ》を淨めなければならない
はやく出れば出る程よく
はやく迸れば迸る程よい
強く光つていやな光を吹消《ふきけ》すのだ
お前の力でお前の生命《いのち》から
強く烈しい白光《びやくくわう》を放すのだ

    ※[#ローマ数字7、1−13−27]

それがライフの力だ
お前の愛の力だ
どこまで行つても果しなく光れ
世界は決して闇くない
ただ人々の光が足りないのだ
お前は日の子だ
自然兒だ
また文明兒だ
自然が血をわけて育てたいとし子だ
かくし子だ
自然を愛するものに
自然はどこまでも力をくれる
味つても味ひきれない程
深い生命《いのち》をくれる
まことの力を感じ
まことの涙をながし
まことの底に突き當り
まことの生命《いのち》に生きろ
そのほかお前に何も言ふことはない
沈默だ

 太陽崇拜

[#天から4字下げ]來るべき詩人よ、來るべき雄辯者よ
[#地から2字上げ]ワルト・ホイツトマン
[#地から2字上げ]大正二年作

  ボヘミアンの歌 ――七月八日

嵐は過ぎた
洪水は過ぎた
唯だ流れてゆくのは河の泥水ばかりだ
土堤《どて》の柳の樹は
すんだ滴《しづく》をたらしてゐる
砂は踏むたびにぐさりぐさりとつぶやく
土堤《どて》のくび根までだぶりだぶりと浸して流れる大河
だぶりだぶりと兩側の岸を浸して
流れる大河
おおこの空に高く飛ぶ燕の群れよ
何處《いづこ》をさして行くとも知れない燕の群れよ
僕は君等を見る時親しい憧《あこが》れを感ずる
そのぺちやくちやしやべり交して行く聲を聽くと
つい可笑しくなつて笑ひ出してしまふ

自分はボヘミアンだ
けれども人生の底から根ざしてゐる愛がある
はてしない際涯《さいがい》は自分のラヴアだ
昨日のあの嵐の名殘りで白く崩れる
河口の波は
人氣《ひとげ》もないそのあたりの葦《あし》の茂《しげ》みは
愛するものの睡つてゐるたのしい處だ
自分はそこに棲家《すみか》を見出《みいだ》す
おお河尻《かはじり》よ
限りもなくつづいてゐる砂原であれ
おおそこから見える海よ
限りもなく廣いをやみない動搖《どうえう》であれ
自分はそのまだ見ない處に
小踊りしながら進む
嵐のあとの何人《なんぴと》も踏まない土堤《どて》の上を
はにかむやうなあたりの景色に溺れながら
だぶりだぶりと鳴る響きのよい
水音を聽きながら

  あらし ――七月十九日

何人《なんぴと》も感じない
このボヘミアンの心
すぐれた饑《う》ゑを感じながら
歩くのである

ふきつのる夜明け方の嵐に
自分は涙を感じる
ぐるりの林は狂亂してるからだ
頭《あたま》ごなしにざわだつて
西と東に吹き廻されるからだ

自分はこの涙ある力を
いつぱいに感じながら
歩いて行くのである
すぐれた饑《う》ゑを感じながら
あるいて行くのである

  自分のものにする女に送る歌 ――七月廿一日

私は君を戀してゐる
何故《なぜ》とも知らないけれど
自分は君に牽引《けんいん》を感ずる

君は馬鹿だ
盲目である
けれども君には純《じゆん》な魂がある
君は自分でそれを知らない
君は斯くして亡びてしまふのである

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