命令してゐる
私こそ人生に貸がある
母胎のかげでうごめいて居る
私こそまことの怖しい債鬼だ
人生の奧にその貸が匿してある
抛《はふ》りつぱなしで貸つぱなしな
今まで知らなかつた手強い貸がある
まづ私は森林に火を放《つ》けて
ひとかたまりの野獸を追ひださう
苦しい惡鬼を吾れから振ひ落し
吾から肉體にせぐりあげる
深いすすり泣きの聲を聞かう
これこそ烈しい命だ
これ以上の眞實なライフが私にあるか
これこそ止みがたい魂の誕生だ
もはや冒涜でない
悲痛で不安な燈火《ともしび》はをやみなく明滅する
とりどりに美しく寶石はときめいて
もろもろのさびしい涙を薄暗がりでときあかす
私の心はいつもただひとつで
不思議な斷末魔の啜泣きに耳をそばだてる
私の心はいつもただひとつで
皿の油火《あぶらび》はをやみなく明滅する
これこそ私のあげる聲だ
せぐりあげる産聲だ
魂はめざめればめざめる程悲痛になり
或る宣告が耳にとどく
私は怖しい債鬼だ
しどろもどろの影がまはりの壁にうつる
足どり亂して響きのない影が街中《まちなか》をふみまはる
薄白い焔はその間をやみなく油皿の中からゆらめいて
斷末魔のすすり泣きに耳を澄ます
ああ私は怖しい債鬼だ
發生 ――十一月
[#天から4字下げ]女よ爾の罪は赦されたり『馬太傳』
僕は別な空氣をすふ
別な力を感ずる
僕自身はもう草だ
新しい發生だ
突きあたりつきあたり
そして突き破り
突きやぶり
吾等の行く先きの魂をつかみたい
途徹《とてつ》もない世界の果《はて》に
眞實な産聲《うぶごゑ》をあげて
底力ある目玉をでんぐりかへしたい
遠い故郷 ――十一月
時計はまたも黒い點線《てんせん》を
つづくつてゆく
私の夢はあてもなく
だまつて空《から》まはりをして
その長い低い街をうろつきあるく
商店の屋《や》の棟《むね》の間からは
海色の冷たい空が
一とすぢになつて覘いて居る
並木はいつのまにか
葉を落しつくして
くろぐろと淋しい枝を張りまはしてゐる
私は心のすみからすみへ嘆息した
そして日のありかも知れぬ冬の白い空から
遠い遠い空氣を吸つた
五體にしみる遠い遠い空氣を吸つた
冬の日暮 ――十一月
吹きわたる風はとどまらず
黒いたそがれの町外れに
ガスはほとつき出す
かわいた郊外の芝原に霧はながれはじめ
とある一軒家の二階からは
ぼろんぼろんとピアノの音色がをどりだす
路にしみる日暮がたの寒むさよ
身にしみるピアノの音色よ
私はそろそろ黒い林の多い
冬の旅仕度を思ひ始めた
PROMENADE. ――十一月二十五日
私はいま波をおさへてゐる
その波の底には薄蒼《うすあを》い灯影《ほかげ》の町が沈んでゐる
私は今ひとりたどる
柳の樹の下道を
でこぼこ柔い煉化道は
私の胸がをどるトーン程に
さらさらと心の隅から隅へ消えて行く柳の枝は
私の興奮した顏を撫でる夜風ほどに
唯だいそいそと足どりもの昏く
薄蒼《うすあを》いガラスの灯影とまた闇の中にわかれ
私のからにふる空手は
もうあの柔い手を握りしめてゐる
あの心をきうきうきゆつと捉《つかま》へてゐる
友情 ――十一月
ゴールデンバツトを吸ひながら
僕は日の暮れ方の倉庫街を思ひ出した
赤く金《きん》をかすつた斷《ちぎ》れ雲が
空いつぱいに光つて居る
一群《ひとむれ》の屋根草は同じ色に染つて光つてゐる
河沿ひの倉庫は一列になつて
掘割りの水深く落ちてゐる
その水はいつも流れず
いつも淀まず
むねもあらはにさらけ出して
冷たい嘆きをうつしてゐる
僕はそのあと二た月の間
死身《しにみ》になつて心を鞭つた
襲ひくる薄はだの寒さに
つねに氷のゆめをつくつた
日陰の鳥は羽ばたきして
つらい牢屋のゆめをつくつた
今こそ僕の肉體は
惡熱を病んで居る
肌身はなさず或る人の肉體を
つねに戀ひしたうて慄へてゐる
常にせぐりあげる慕ひ泣く聲を
肌に耳あてて聞いてゐる
ここにまことの愛があつた
いつも流れず
いつも淀まず
むねもあらはにさらけ出して
互に惡熱にふれあふ愛があつた
日の子 ――十二月十二日
※[#ローマ数字1、1−13−21]
僕はこれが美しいと一生言へぬかもしれない
愛するものも愛すると言へなくて仕舞ふかもしれない
有難いといふことも有難いと言へなくて仕舞ふかもしれない
それで僕の一生が終るかもしれない
※[#ローマ数字2、1−13−22]
ああしかし見えた、見えた
空中のうつくしい光が
あれあれ誕生だ、産聲だ
石も動く
木も物いふ
死顏した月に紅《べに》がさして
日になる日になる
目をくりくりさせる
鳥がさへづる
木がものいふ
闇をふき消す
世が新たになる
※[#ローマ数字3、1−13−23]
あれあれ
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