《のぼ》つて來て何だか身内に元氣が目覺めて來たのだつた。………
實際あんな單純な冷覺や觸覺や嗅覺や視覺が、ずつと昔からこればかり探してゐたのだと云ひ度くなつたほど私にしつくりしたなんて私は不思議に思へる――それがあの頃のことなんだから。
私はもう往來を輕《かろ》やかな昂奮に彈《はず》んで、一種|誇《ほこ》りかな氣持さへ感じながら、美的裝束をして街を濶歩した詩人のことなど思ひ浮べては歩いてゐた。汚れた手拭の上へ載せて見たりマントの上へあてがつて見たりして色の反映を量《はか》つたり、またこんなことを思つたり、
――つまりは此の重さなんだな。――
その重さこそ常々私が尋《たづ》ねあぐんでゐたもので、疑ひもなくこの重さは總《すべ》ての善いもの總ての美しいものを重量に換算して來た重さであるとか、思ひあがつた諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えて見たり――何がさて私は幸福だつたのだ。
何處をどう歩いたのだらう、私が最後に立つたのは丸善《まるぜん》の前だつた。平常あんなに避けてゐた丸善が其の時の私には易《やす》々と入れるやうに思へた。
「今日は一つ入《はい》つて見てやらう」そして私はづかづか
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