檸檬
梶井基次郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)不吉《ふきつ》な塊が
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一人|取殘《とりのこ》された。
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)がらくた[#「がらくた」に傍点]
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えたいの知れない不吉《ふきつ》な塊が私の心を始終壓へつけてゐた。焦燥と云はうか、嫌惡と云はうか――酒を飮んだあとに宿醉《ふつかよひ》があるやうに、酒を毎日飮んでゐると宿醉に相當した時期がやつて來る。それが來たのだ。これはちよつといけなかつた。結果した肺尖カタルや神經衰弱がいけないのではない。また脊を燒くやうな借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前《いぜん》私を喜ばせたどんな美しい音樂も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなつた。蓄音器を聽かせて貰ひにわざわざ出かけて行つても、最初の二三小節で不意に立ち上つてしまひたくなる。何かが私を居堪《ゐたま》らずさせるのだ。それで始終私は街《まち》から街を浮浪し續けてゐた。
何故だか其頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられ
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