が、それが喧嘩だつた。
 一人の運動シヤツを着た子供が小學校歸りらしい子供とつかみあつてゐる。中學の生徒が二人程、あまり熱心でもなくそれを留めや[#「や」に「(ママ)」の注記]うとしてゐる。
 歩きながら見てゐると、どうやら運動シヤツの子供の方が優勢らしく見えた。片方の子供はいかにも弱さうだつた。
 なんとか云つてシヤツの兒が相手の脛のあたりを蹴つた。するとも[#「も」に傍点]一人は横面を撲つた。いかにもそれが頼りなささうで撲つたとは云へない位のものだつた。攻撃のためではなく自分の威嚴のため止むを得ずその形をしてゐる。――撲りながらも心では「もうこらへて呉れ。」と云つてゐる――といふ風に見えた。
 一方は毒々しい程積極的だつた。弱い者[#「者」に傍点]いぢめをしてゐるにちがひなかつた。
 一瞬間私は、私が幼い時經驗した無念さや恐怖を、やはりそんなに迫害されてゐる私の姿を憶ひ浮べた。
 さき[#「さき」に傍点]の方は顏を紅潮させてゐて、それが變に歪んでゐた。泣き出しさうにも見えた。然し消極的にせよ一つ一つ報いてゐた。一つに一つ。私はそれがいぢらしくて見てゐられない樣な氣がした。もうその上
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