弟はそんなことでも云つて見なければ、あまりに口惜しく、自分がみぢ[#「ぢ」に「(ママ)」の注記]めだつたにちがひない。
私がその時それを信じてやれば幾分かは、彼の無殘に傷けられた心も慰められただらうのに。
私はその時の弟が可哀相でならない。
惡いことをしたと思ふ。
* * *
私がその三年程も以前のことを思ひ出したのは、今日往來で子供の喧嘩を見てからのことである。私はその喧嘩を見ていろんなことを思つた。その思ひの辿るまにまにふとその記憶にぶつかつたのだつた。
その喧嘩といふのはかうである。
私は學校から熊野神社の方へ歩いてゐた。
雨模樣の空の間から射し出す太陽がいやに蒸暑くてあの單調な路が殊更長く思へた。顏や首から油汗がねつとり滲み出てゐたが、手拭を忘れて來てゐたので、と云つても洋服の汚れた袖で拭くのはなほのこと氣味がわるく、私はやけ氣味に汗まみれであるいてゐた。晝過ぎだつた。道は小學校の生徒が四五人と中學の生徒が二三人と、そして私だけだつた。埃にまみれたポプラの葉が動かうともしない。
はじめ自分はそれをほかの事だと思つてゐた。――
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