た。凝《じ》っと、死んだように貼りついていた。――いったい脾弱《ひよわ》な彼らは日光のなかで戯れているときでさえ、死んだ蠅が生き返って来て遊んでいるような感じがあった。死んでから幾日も経ち、内臓なども乾きついてしまった蠅がよく埃《ほこり》にまみれて転がっていることがあるが、そんなやつがまたのこのこ[#「のこのこ」に傍点]と生き返って来て遊んでいる。いや、事実そんなことがあるのではなかろうか、と言った想像も彼らのみてくれ[#「みてくれ」に傍点]からは充分に許すことができるほどであった。そんな彼らが今や凝《じ》っと天井にとまっている。それはほんとうに死んだよう[#「死んだよう」に傍点]である。
 そうした、錯覚に似た彼らを眠るまえ枕の上から眺めていると、私の胸へはいつも廓寥《かくりょう》とした深夜の気配が沁《し》みて来た。冬ざれた溪間の旅館は私のほかに宿泊人のない夜がある。そんな部屋はみな電燈が消されている。そして夜が更けるにしたがってなんとなく廃墟に宿っているような心持を誘うのである。私の眼はその荒れ寂びた空想のなかに、恐ろしいまでに鮮やかな一つの場面を思い浮かべる。それは夜深く海の香を
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