冬の蠅
梶井基次郎

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)冬の蠅《はえ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一種|馴染《なじみ》の気持から

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)そんなやつがまたのこのこ[#「のこのこ」に傍点]と
−−

 冬の蠅《はえ》とは何か?
 よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅。彼らはいったいどこで夏頃の不逞《ふてい》さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明に黝《くろず》んで、翅体《したい》は萎縮《いしゅく》している。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚《こより》のように痩《や》せ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかないような夜具の上などを、いじけ衰えた姿で匍《は》っているのである。
 冬から早春にかけて、人は一度ならずそんな蠅を見たにちがいない。それが冬の蠅である。私はいま、この冬私の部屋に棲《す》んでいた彼らから一篇の小説を書こうとしている。

     1

 冬が来て私は日光浴をやりはじめた。溪間《たにま》
次へ
全23ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング