き度い。廻轉して朝と晝と夜を見せて呉れ、航海しては春・夏・秋・冬を送つてくれる地球だ。圓い臺《うてな》の上になり下になり、下になつても頭へ血が寄るといふことなく、大地を踏めばいつも健康だ。杳かな創世の日から勞働爭議の今日に至るまで、積みかさね積みかさねられたものがそこにある。偉大な精神は將星で、私はオノコロ島に産れて來た志願兵だ。オ一二、オ一二、太郎は歩いた。昂奮して。
 廣告塔があつた。ドラツグがあつた。唐物屋があつた。本屋があつた。賑かな街で電車が通つた。キヤブが通つた。太郎は子供の時の乘物づくし[#「乘物づくし」に傍点]を憶ひ出した。あの透視法を誇張した畫派を憶ひ出すことが、街と乘物づくし[#「乘物づくし」に傍点]を一度に生かした。冬着新柄を見た。乾物屋を見た。玩具屋を見た。煙草店を見た。太郎の精神は頓に高揚して、妖術が使ひたくなる程だつた。
「やう、やう。」
「やう。」
 これは太郎の友達だ。太郎は一錢玉を五つ持つてゐたぎりだつたので、友達の五十錢貨幣を、一錢で賣つて貰つて富を作つた。それでまぐろの壽司を食ふとまた歩き出した。
 待合のある小路へ入つた。三味線がきこえて若い女の
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