聲がはしやいだ。双肌脱ぎで化粧をしてゐる女があつた。嬋妍に漲つて歩いてゆく女があつた。そこを出ると暗い裏通りへ出た。柔術指南と骨つぎの看板をあげた道場から出た若い男は自動車屋へはい[#「い」に「(ママ)」の注記]つた。支那料理屋で蓄音器が鳴つてゐた。今度は靜かな切り通しになつてあたりは一時に祕まつた。
阪を登つて立ち小便をしながら街々を見おろした。蟲が鳴いて街には靄がおりてゐた。小便が汚なかつたから場所を變へて、眼を夜景のなかに吸ひこませた。黒い森が寢てゐる。甍が寢てゐる。いくつもの窓は起きてゐた。遠くの窓に女が立つてゐる。電柱は紅玉の眼を持つてゐる。太郎は感に堪へた。
續く街は靜かであつた。ピアノも鳴つては來なかつた。あそこは宵の口で此所は深夜だ。さては緯度をとび越えたのか。時計を進めねばなるまい。頭が變だ。頭が。木戸を開くと喜ばしい思想共は押すな押すなでこぼれて來る。「よし!」と木戸を閉じ[#「じ」に「(ママ)」の注記]太郎はまたも歩き出した。秋だ。秋だ。覺えなかつた面白さだ。へたばるまで歩いて下宿へ歸り、歸つてからはこの思想共を一匹宛出して來て一匹宛演舌させてやらう。一晩かゝ
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