。それは己れと己れ等をいとしむ響を持つてゐた。
「お前達」夫がその言葉に托した、切々たる愛情が感ぜられた。
「お前達、お前達よ」呟きながら彼女はぽろぽろと涙を落した。
 それからの彼女達はもう一切の音を立てなくなつた。死んだのだ。
 そして彼女達のたてる物音が即ちその存在であつた、夫なる者の生命も同時に消えてしまつたのである。不思議にも、彼女達と枕を竝べて死んでゐたといふ彼は、彼女達の死と共に動かなくなつた陰影のことではなかつたのだらうか。

「心中」の話を私は左う云ふ風にきいてゐる。

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 題がどうも白癡威しであるが、兔に角題の樣なものを作る意圖でこれは試みたのである。私は川端氏のこの神祕的な作品を、或程度私の感覺的な經驗で裏づけることの出來るのを感じたのだ。そこにこの試みの契機がある。そして、若しこれが成功したならば、畸形ながらにも、原作に對するある解釋と、私自身の創作が、同時に讀者に示せると思つてゐたのだつたが、それに必要な頭の透徹と時間の贅澤が與へられなかつたため、どうも強引でものにしたやうな傾きがある。原作の匂ひや陰影
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