川端康成第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイシヨン
梶井基次郎

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)生活《なりはひ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)幸福そ[#「そ」に「(ママ)」の注記]うに
−−

 彼が妻と七才になる娘とを置き去りにして他郷へ出奔してから、二年になる。その間も、時々彼の心を雲翳のやうに暗く過るのは娘のことであつた。
「若し恙なく暮してゐるのだつたら、もう學校へあがつてゐる筈だ。あの娘等の樣に」
 他郷の町の娘等は歌を歌つたり、毬をついたり、幸福そ[#「そ」に「(ママ)」の注記]うに學校へ通つてゐた。――幸福そ[#「そ」に「(ママ)」の注記]うに。
 そのうちに彼は、父に捨てられた幼い者の姿で、毬をついてゐる、自分の娘を感じる瞬間を持つ樣になつた。そこには何時も、とんとん、とんとん、といふ音が聞えた。生きてゐるか、死んでゐるか、わからない――また、一體そんな娘を嘗て持つたことがあつたのかどうかも、時々には疑はしくなる、彼の娘なるものが、その不思議なとんとん、とんとん、といふ響のなかに不幸な生存を傳へて來る
次へ
全7ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング