《とぎ》らせた。
「あしたお帰りですかて?」母が聞きかえした。
 吉峰さんのおばさんに「いつお帰りです。あしたお帰りですか」と訊《き》かれて、信子が間誤《まご》ついて「ええ、あしたお帰りです」と言ったという話だった。母や彼が笑うと、信子は少し顔を赧《あか》くした。
 借りて来たのは乳母車だった。
「明日一番で立つのを、行李乗せて停車場まで送って行《い》てやります」母がそんなに言ってわけを話した。
 大変だな、と彼は思っていた。
「勝子も行くて?」信子が訊《き》くと、
「行くのやと言うて、今夜は早うからおやすみや」と母が言った。
 彼は、朝も早いのに荷物を出すなんて面倒だから、今夜のうちに切符を買って、先へ手荷物で送ってしまったらいいと思って、
「僕、今から持って行って来ましょうか」と言ってみた。一つには、彼自身体裁屋[#「体裁屋」に傍点]なので、年頃の信子の気持を先廻りしたつもりであった。しかし母と信子があまり「かまわない、かまわない」と言うのであちらまかせにしてしまった。
 母と娘と姪《めい》が、夏の朝の明け方を三人で、一人は乳母車をおし、一人はいでたち[#「いでたち」に傍点]をした 
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