「カフスの古いので作ったら……」と彼が言うと、兄は
「いや、まだたくさんあったはずや。あの抽出《ひきだ》し見たか」信子は見たと言った。
「勝子がまた蔵《しま》い込んどるんやないかいな。いっぺん見てみ」兄がそんなに言って笑った。勝子は自分の抽出しへごく下らないものまで拾って来ては蔵い込んでいた。
「荷札ならここや」母がそう言って、それ見たかというような軽い笑顔をしながら持って来た。
「やっぱり年寄がおらんとあかんて」兄はそんな情愛の籠《こも》ったことを言った。
 晩には母が豆を煎《い》っていた。
「峻《たかし》さん。あんたにこんなのはどうですな」そんなに言って煎りあげたのを彼の方へ寄せた。
「信子が寄宿舎へ持って帰るお土産《みやげ》です。一升ほど持って帰っても、じきにぺろっと失くなるのやそうで……」
 峻が語を聴きながら豆を咬《か》んでいると、裏口で音がして信子が帰って来た。
「貸してくれはったか」
「はあ。裏へおいといた」
「雨が降るかもしれんで、ずっとなかへ引き込んでおいで」
「はあ。ひき込んである」
「吉峰さんのおばさんがあしたお帰りですかて……」信子は何かおかしそうに言葉を杜断
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