が書いてあった。着いた翌日の夜。義兄と姉とその娘と四人ではじめてこの城跡へ登った。旱《ひでり》のためうんか[#「うんか」に傍点]がたくさん田に湧いたのを除虫燈で殺している。それがもうあと二三日だからというので、それを見にあがったのだった。平野は見渡す限り除虫燈の海だった。遠くになると星のように瞬《またた》いている。山の峡間《はざま》がぼう[#「ぼう」に傍点]と照らされて、そこから大河のように流れ出ている所もあった。彼はその異常な光景に昂奮《こうふん》して涙ぐんだ。風のない夜で涼みかたがた見物に来る町の人びとで城跡は賑《にぎ》わっていた。暗《やみ》のなかから白粉《おしろい》を厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。
今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍《いらか》を並べていた。
白堊《はくあ》の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑《くず》めいて、緑色の植物が家々の間から萌《も》え出ている。ある家の裏には芭蕉《ばしょう》の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好《かっこう》に刈られた松も見える。みな
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