黝《くろず》んだ下葉と新しい若葉で、いいふうな緑色の容積を造っている。
 遠くに赤いポストが見える。
 乳母車なんとかと白くペンキで書いた屋根が見える。
 日をうけて赤い切地を張った張物板が、小さく屋根瓦の間に見える。――
 夜になると火の点《つ》いた町の大通りを、自転車でやって来た村の青年達が、大勢連れで遊廓《ゆうかく》の方へ乗ってゆく。店の若い衆なども浴衣がけで、昼見る時とはまるで異ったふうに身体をくねらせながら、白粉を塗った女をからかってゆく。――そうした町も今は屋根瓦の間へ挾まれてしまって、そのあたりに幟《のぼり》をたくさん立てて芝居小屋がそれと察しられるばかりである。
 西日を除けて、一階も二階も三階も、西の窓すっかり日覆《ひおおい》をした旅館がやや近くに見えた。どこからか材木を叩く音が――もともと高くもない音らしかったが、町の空へ「カーン、カーン」と反響した。
 次つぎ止まるひまなしにつくつく[#「つくつく」に傍点]法師が鳴いた。「文法の語尾の変化をやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議に興が乗って来た。「チュクチュクチュク」と始めて「オーシ、チュク
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