峻は思っていたが、少し力がないようでもあった。
 医者が来て、やはりチブスの疑いがあると言って帰った。峻《たかし》は階下で困った顔を兄とつき合わせた。兄の顔には苦しい微笑が凝《こ》っていた。

 腎臓の故障だったことがわかった。舌の苔《こけ》がなんとかで、と言って明瞭にチブスとも言い兼ねていた由を言って、医者も元気に帰って行った。
 この家へ嫁いで来てから、病気で寝たのはこれで二度目だと姉が言った。
「一度は北|牟婁《ムロ》で」
「あの時は弱ったな。近所に氷がありませいでなあ、夜中の二時頃、四里ほどの道を自転車で走って、叩き起こして買うたのはまあよかったやさ。風呂敷へ包んでサドルの後ろへ結《ゆわ》えつけて戻って来たら、擦《す》れとりましてな、これだけほどになっとった」
 兄はその手つきをして見せた。姉の熱のグラフにしても、二時間おきほどの正確なものを造ろうとする兄だけあって、その話には兄らしい味が出ていて峻も笑わされた。
「その時は?」
「かい[#「かい」に傍点]虫をわかしとりましたんじゃ」
 ――一つには峻自身の不検束《ふしだら》な生活から、彼は一度肺を悪くしたことがあった。その時義
前へ 次へ
全41ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング