た。
「これ……それから何というつもりやったんや?」
「これ、蕨《わらび》とは違いますって言うつもりやったんやなあ」信子がそんなに言って庇護《かば》ってやった。
「いったいどこの人にそんなことを言うたんやな?」今度は半分信子に訊《き》いている。
「吉峰さんのおじさんにやなあ」信子は笑いながら勝子の顔を覗いた。
「まだあったぞ。もう一つどえらい[#「どえらい」に傍点]のがあったぞ」義兄がおどかすようにそう言うと、姉も信子も笑い出した。勝子は本式に泣きかけた。
 城の石垣に大きな電灯がついていて、後ろの木々に皎々《こうこう》と照っている。その前の木々は反対に黒ぐろとした蔭《かげ》になっている。その方で蝉がジッジジッジと鳴いた。
 彼は一人後ろになって歩いていた。
 彼がこの土地へ来てから、こうして一緒に出歩くのは今夜がはじめてであった。若い女達と出歩く。そのことも彼の経験では、きわめて稀《まれ》であった。彼はなんとなしに幸福であった。
 少し我《わ》が儘《まま》なところのある彼の姉と触れ合っている態度に、少しも無理がなく、――それを器用にやっているのではなく、生地《きじ》からの平和な生まれ
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