た。そして峻は手をひいて歩き出した。
往来に涼み台を出している近所の人びとが、通りすがりに、今晩は、今晩は、と声をかけた。
「勝ちゃん。ここ何てとこ[#「とこ」に傍点]?」彼はそんなことを訊《き》いてみた。
「しょうせんかく」
「朝鮮閣?」
「ううん、しょうせんかく」
「朝鮮閣?」
「しょう―せん―かく」
「朝―鮮―閣?」
「うん」と言って彼の手をぴしゃと叩《たた》いた。
しばらくして勝子から
「しょうせんかく」といい出した。
「朝鮮閣」
牴牾《もどか》しいのはこっちだ、といったふうに寸分違わないように似せてゆく。それが遊戯になってしまった。しまいには彼が「松仙閣」といっているのに、勝子の方では知らずに「朝鮮閣」と言っている。信子がそれに気がついて笑い出した。笑われると勝子は冠を曲げてしまった。
「勝子」今度は義兄の番だ。
「ちがいますともわらびます」
「ううん」鼻ごえをして、勝子は義兄を打つ真似をした。義兄は知らん顔で
「ちがいますともわらびます。あれ何やったな。勝子。一遍|峻《たかし》さんに聞かしたげなさい」
泣きそうに鼻をならし出したので信子が手をひいてやりながら歩き出し
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