は、柔らかい腕をゆるゆると巻きつけていって、やがてキュッと引緊《ひきし》めるようなところがある。春の夜に降る雨のように、人の心を溶かしてしまうようなところがある。夢心地に曳摺《ひきず》っていって、ひょいと突離《つきはな》す。突はなされた魂が痛まぬほどの、コツ[#「コツ」に傍点]のある手荒《てあら》さである。夢からさめてしめやかな木犀《もくせい》の香《か》に頬《ほお》をうたれたような、初秋の冷やかさほどで、むしろ快感のある突はなし加減だ。おのが情熱の行方《ゆくえ》をさびしく見送っている中年者が、生活に不自由なく、境遇がよぎなくおさえている性の奔放――とでもいうものを撫《な》でさすられるように、まだ冷めきらぬ青春のうずき[#「うずき」に傍点]を思いおこさせられるのは、決して悪い心地のものではなかったであろう。呂昇は巧みにそれらの弱点を突いて、情緒をさわがせ、酔わし、彼らの胸の埋火《うずみび》を掻起《かきおこ》させ、そこへぴたりと融合する、情熱の挽歌《ばんか》を伴奏したのである。崇拝者が彼女の肉声と、彼女の語る節でなければならないように渇仰したのも、頷《うなず》かれることであろう。
 彼女は
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