》がふくまれている。彼女に凄《すご》さを求めるのは無理であろうが、紅筆《べにふで》をかんで、薄墨のにじみ書きに、思いあまる思案のそこをうちあけた文を繰広げてゆくような、纏綿《てんめん》たる情緒と、乱れそめた恋心と、人生の執着と、青春の悩みとが、聴くものを魅しつくしてしまう。綾之助は理解をもって心を語ろうとし、彼女は熱烈に悩ましい情のもつれを訴える。音量はもろともに豊富であるが、呂昇は弾語《ひきがた》りであるだけに急《せ》き込むところがある。得手《えて》でないところは早間《はやま》になるうれいがある。彼女の芸は鴈治郎《がんじろう》の芸と一脈共通のところがあるかと思われる。鴈治郎が町人の若旦那伊左衛門、亀屋忠兵衛、紙屋治兵衛に扮《ふん》してもっとも得意なように、呂昇は町人の若女房が殊更《ことさら》によい。ふっくりとしたなかに、ことに普通の女人であって、人間味のたっぷりと溢《あふ》れでた女性は、呂昇の専有といってもよい。
東京で呂昇を待つ人は多く中流階級以上の人であるといっても差支《さしつか》えないであろう。その実例は呂昇が上京のおりの定席である、有楽座の座席を見渡せばすぐに知れる。はじめ
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