ごう[#「ごうごう」に傍点]としていた人たちも語りもののなかへ吸込まれていって、ひっそりとなるまでになった。聴衆は綾之助の名と、綾之助の芸から、すこしでも多く、期待した感興《もの》を得ようとした。
――あのときの綾之助の語り口は堅実であったと、耳の底にのこる記憶を、玩味《がんみ》するように思出していた。彼女の「野崎村」は艶《つや》にとぼしかったといえるかも知れなかったが、野梅《やばい》のようなお光と、白梅のような久松と、淡《うす》紅梅のお染とがよく語りわけられて、そのうちにもお染はともすると、はすはになりがちであるのをしっとりと品よく、大どころの秘蔵娘を彷彿《ほうふつ》させたと、あのきりり[#「きりり」に傍点]とした綾之助の面影まで思いうかべるのだった。そのうちにまた鶯のことがかえってくると、今度はそれに織りまぜて、呂昇《ろしょう》を久しく聴かないなと思ったりした。
豊竹呂昇《とよたけろしょう》――ほんとにあの女《ひと》こそ円転滑脱な、というより魅力をもった声の主だ。彼女の顔かたちが豊艶なように、その肉声も艶美だ。目をつぶって聴いていると、阪地の人特有な、艶冶《えんや》な媚《こび
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