《とうえん》、末虎《すえとら》、長広《ながひろ》、照玉《てるぎょく》と堂々と立者《たてもの》が揃《そろ》っていた。さはあれ、呂昇はよき師をとり、それに一心不乱の勤勉と、天性の美音とが、いつまでも駈出《かけだ》しの旅烏《たびがらす》にしておかなかった。床本《ゆかほん》とお弁当とをもって、文楽座に通うのを毎日の仕事としていた他意なき熱心さを、大阪第一流の女義の定席《じょうせき》、播重《はりじゅう》の主人にみとめられたのが出世のはじまりとなった。めきめきと売出した時に、播重の手から八百円の手切れ金を立替えて、不思議な紳士とも手を断《き》る事が出来たが、しかしながらまた一方には、播重に自由を束縛されてしまいもした。
 弱きは女の心である。一方を逃《のが》れようとしてまたそこに桎梏《しっこく》の枷《かせ》を打たれてしまった。それからの四、五年は播重と呂昇との暗闘であった。呂昇は共楽会という南地《なんち》の演舞場に開催される、第一流の群れに投じようとし、播重は自分の席の専属にしてしまおうと、心までも肉体と共に自由にしようとした。彼女は漸《ようや》く自己の新生面を開こうとしたおりに、こういう大きな掌
前へ 次へ
全17ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング