「鉄箒」欄がいっている伝右衛門の手紙というのを引きたいが、夕刊紙かまたは他紙のであったのか、見当らなかった。震災が中にあったので、とっておいた参考紙も失なってしまったのでいまではわからない。
で、柳原家の方では、合理的処置――円満離婚の上で自邸に引取る方針だ。その上で当事者の考えで解決するといい、宮崎氏は、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子はきっと保護する。ただ父に(滔天《とうてん》氏)叱《しか》られはしまいかと、いかにも若々しい学徒の純情でいっている。
厨川白村《くりやがわはくそん》氏の「近代の恋愛観」が廿回ばかりつづいて、やはり『東朝』に出ていた時分だったので、白村氏は「鉄箒氏」に答えて、
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――今日の見合いの方法に、改良を加え青年男女に正当な接触を与えるのが、今日の社会のために望ましい事である。私は本紙に、近代の恋愛観というのを草《そう》し、連載中※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子事件突発。近代生活の重要な問題として、概括的に一般に恋愛と結婚について述べたかの一文の中に、今回の事件について、凡《すべ》て私の見解にはあまり明瞭《めいりょう》すぎて、露骨なほど明かに書いておいたから、いま質問を受けるのを遺憾と思う。
――今度の行動には多くの欠点手落ちがあった。絶縁状が相手に落ちないうちに発表され、自分が独立しないで多くの人に依頼したこと、自ら妾《しょう》を夫に与えていた事、非難の点多し。これは外面的な、従属的なことである。
――今度のようなことは、男でも女でもちょっと思いきって決行出来ないのが普通だ。それを断行した事によって、このインフェルノから救われたのは、独り『踏絵』の女詩人ばかりではなく、伝右衛門氏にとってもまた幸福であったことを考えねばならぬ。(概略)
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白蓮さんの方で、着物も指輪も手紙をつけて送りかえしたといえば、伝右衛門氏の側では、絶縁状は未開封のまま突きもどすといい、正式に離婚をするといっている。各々の立場が違って、宮崎氏の方は、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子さんの環境から見ても、どこまでもああした、自覚的態度を強調させようとし、事件が大袈裟《おおげさ》になることは、もとより覚悟の上であったろうが、絶縁状の字句が、何やらん書生流で、ほんとに、心《しん》から底から、がまんのなりかねた女がつきつける手紙としては――情熱の歌人の書いたものとしては、おなじキッパリしすぎるなかに欠けたもののある感じと、踊らせよう、騒ぎたたせようとするいとがあるふうにも感じられる子供っぽい理窟《りくつ》、世馴《よな》れない腕白《わんぱく》さがあるのとは反対に、伝右衛門氏の方で、正式に離縁というのは、どことなく、どっしりして、わるあがきがちょっと去《い》なされたかたちにもとれる。
廿三日には隠れ家も知れて、黒ちりめんの羽織を着て、面《おも》やつれのした写真まで出ていた。軽い風邪《かぜ》で寝ていて、親戚《しんせき》の人にも面会を避けると、自殺の噂が立ったり、警察でも調べたとあった。
そのころ、丁度ワシントン会議のあったころで、徳川公爵や、加藤友三郎大将の両全権が、鹿島丸《かしままる》でアラスカの沖を通っている時に、日本からの無電は白蓮事件をつたえ、乗組の客はみんな緊張して、すさまじい論戦が戦わされた。それは廿四日のことだとも伝えてきた。
と、いうだけでも、どんなにこの事件が、何処《どこ》もかもを沸騰させたかということがわかるではないか。まして生家の御同族がたをや! 真に、白蓮※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子は身の置きどころもない観だった。
だが、ああいった武子さんは、自分で綿入れを縫って隠れ家へ届けている。
わたしが訪ねたのは、もう写真班の攻撃もなくなった、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子さんの廻りも、やっと落附いてきた時分だった。山本安夫と表札は男名でも、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子さんと台所に女の人がいただけだった。ふと、痩《や》せた女《ひと》の、帯のまわりのふくよかなのが目についた。そのことを、どこの何にも書いてなかったのは、気がつかなかったのかも知れないが、煩《うる》ささが倍加しなくてよかったと、わたしは心で悦んでいた。晒《さら》し餡《あん》で、台所の婦人《ひと》がこしらえてくれたお汁粉《しるこ》の、赤いお椀《わん》の蓋《ふた》をとりながら、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子さんが薄いお汁粉を掻《か》き廻している箸《はし》の手を見ると、新聞の鉄箒欄の人は、自分を崇拝している年下の男の方が、我儘が出来るのは当然だがといったが、どんなところから割出したものかと思った。昨日《きのう》まで
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