の御家庭が、なかなか費《つい》えのある事を思わず、またそうした苦悩をしのんでも、志した道に精進して、婦人の覚醒《かくせい》に力をつくされる、社会的な、広義な愛を――新人の味わう悲痛を知ろうとしないのに、憎らしささえ覚えました。
 らいてうさま。あなたは、言うにいえない、人知れぬ苦い涙を、幾度お味《あじわ》いなさいましたろうとおいとしく思います。あなたは、優しい夫君、いとしいお子たちに取りまかれて、静かに出来るだけの日を静養なさいまし。そして心身ともに以前に倍しておすこやかになり、ともすれば懶惰《らんだ》に、億劫《おっくう》になりがちなわたしたちのために、発奮させる原素となって下さいまし。

       五

 らいてうさま、
 わたくしはもう「煤烟《ばいえん》」を読んだおりの感想を思い出すことが出来ません。たしか寒い、雪の中を、あなたが気強さを守り通して、一人で山の方へ立っておしまいなさったということをおぼえておるだけです。そのうち、「煤烟」の作者を、ずっと後に見かけた事があります。大柄な、肥《ふと》った、近眼鏡をかけた色の白い、髪を短くかった方でした。以前からお連添《つれそ》いにな
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