いません。あかず行く雲のはてを眺め、野川の細流《せせらぎ》のむせぶ音を聞き、すこしばかりの森や林に、風の叫びをしり、草の戦《そよ》ぎに、時の動きゆく姿を見ることが望みでございます。むさしのに生れて、むさしのを知らぬあこがれが、わたくしの血の底を流れているのでございましょう。
 いま、わたくしの目の前、小さな窓も青葉で一ぱいで御座います。思いは遠く走って、那須野の、一望に青んだ畑や、目路《めじ》のはての、村落をかこむ森の色を思いうかべます。御住居《おすまい》は、夏の風が青く吹き通していることと思います。白い細かい花がこぼれておりましょう。うつ木《ぎ》、こてまり、もち、野茨《のいばら》――栗の葉も白い葉裏をひるがえしておりましょう。塩原へ行く道を通っただけの記憶でも、那須は栗の沢山あるところだと思いました。小さな、一尺二、三寸の木の丈《たけ》で、ほんの芽|生《ば》えなのに青い栗毬《いが》をつけていたことを思い出します。
 昨夜は、もう入梅であろうに十五日の月影が、まどかに、白々と澄んでおりました。夏の月影の親しみぶかさ――そんなことを思いながら眺めておりました。そちらの月の夜は、夜鳥《よど
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