り、なれない場処で、芝居の座席の割りつけに苦心してお出でなさるのを見るのはお気の毒のようにさえ思いおりました。くれぐれも只今の御生活を、お身体《からだ》の滋養となさって、御休養を切に祈ります。これからの激しい世波《よなみ》を乗り越すには、気力も、体力も、智力の下に見る事は出来まいと思います。御自愛なさいまし、らいてうさま。
[#地から1字上げ]――大正十二年七月――
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附記 明治四十四年十月、平塚らいてう(明子)さんによって『青鞜』が生れたのは、劃期的な――女性|覚醒《かくせい》の黎明《れいめい》の暁鐘であった。このブリュー・ストッキングを標榜《ひょうぼう》した新人の一団は、女性|擾頭《たいとう》の導火線となったのだった。
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『青鞜』創刊の辞に、
原始、女性は太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依《よ》って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白《あおじろ》い顔の月である。
さてここに『青鞜』は初声《うぶごえ》を上げた。
現代の日本の女性の頭脳と手によって始めて出来た『青鞜』は初声を上げた。
女性
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