た。
 いつぞや有楽座で、チェホフの「叔父《おじ》ワーニャ」を素人《しろうと》の劇団の方たちが演じたおり、奥村さんがギターを弾《ひ》く役をなさった事がありました。あの節お招きを頂きながら田端《たばた》のアトリエへうかがわなかったのを、いまでも大層残念に思っております。お宅が芝居のおけいこばになっているから見に来てくれるようにとお言《こと》づてのあったおり、わたくしは何ともいえぬ和気藹々《わきあいあい》としたものを感じました。わたくしもあなたがたを取巻く劇中の一人のはやくになって、田端の画室の仮《かり》けいこ場へ登場して、御家庭にも親しんでみたいと思っておりましたが、なかなか家を出ないのがわたくしの癖で、そうしなければと思っているうちが、何んでも一番心持が緊張している時で、さあという段になると気が重くなるのがわたくしの悪い習慣なのでございます。
 あなたをぜひ美人伝に入れなくてはならない方だと、わたくしがいったのを、人づてにお聞きになって「どうぞお書き下さい。だが、どんな風にお書きになるでしょう」と仰しゃったというお言《こと》づてを伺ったのも、もう三年も前になります。どんなふうにといって
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