たぐひ、うきに過たる年月のいつぞは打とけてとはかなきをかぞへ、心はかしこに通ふものか、身は引離れてことさまになりゆく、さては操を守りて百年《ももとせ》いたづらぶしのたぐひ、いづれか哀れならざるべき、されど恋に酔ひ恋に狂ひ、この恋の夢さめざらんなかなかこの夢のうちに死なんとぞ願ふめる、おもへば浅きことなり――誠|入立《いりたち》ぬる恋のおくに何物かあるべきもしありといはゞみぐるしく、憎く、憂く、愁《つら》く、浅間しく、かなしく、さびしく、恨めしく取つめていはんには厭《いとわ》しきものよりほかあらんとも覚《おぼ》えず、あはれその厭ふ恋こそ恋の奥なりけれ……
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 彼女の恋の信仰は頑固であった。彼女は何処までも人生のほろにがさ[#「ほろにがさ」に傍点]を好んだ。
 暖かくかなしい心持を抱《いだ》いて帰った雪の途中で出来上った小説「雪の日」は、その翌年に発表された。十六になる薄井《うすい》の一人娘お珠《たま》が、桂木《かつらぎ》一郎という教師と家出をしたというのが筋である。「媒《なかだち》は過し雪の日ぞかし」ともあれば「かくまでに師は恋しかりしかど、ゆめさらこの人を夫と呼
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