訪問をお止めにならないのを、何ぞ噂するのでございましょうか」
と歌子にたずねた。すると歌子の返事は、実に意外に彼女の耳に鳴り響いた。
「では、行末の約束を契ったのではないのか」と。
 彼女は仰天して、七年の年月を傍においた弟子の愚直な心を知らないのかと、怨《うら》み泣いた。
「でも、半井氏という人は、お前は妻だと言《いい》触らしているというではないか。もし縁があってゆるしたのならば、他人がなんと言おうとも聞入れないがよい。もしそうでないのならば、交際しない方がよいだろう」
と歌子は諭《さと》した。それ故にこそ彼女は梅雨の日を訪ずれたのである。そして、絶交する人の目に、島田に結んだ姿を残そうとしたのである。
 愛するあまりに、妻とも言ったであろうかの恋人に、その故に絶交しなければならない彼女は、たった一月前には思う人の病を慰めるためにと、乏しい中から下谷の伊予紋《いよもん》(料理店)へよって、口取りをあつらえたり、本郷の藤村へ立寄って蒸《むし》菓子を買いととのえたりして訪れていた。ある時は、朝早くから訪れて午過《ひるす》ぎまで目ざめぬ人を、雪の降る日の玄関わきの小座敷につくねんと、火桶《
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