を、彼女がよく知っているので、そんな事にまで不自由を忍ばなければならなかったので、彼女が辞し去ったあとで、こんな事ならば逢って時間をつぶした方がよかったと呟《つぶや》いたということである。その一事《ひとこと》をもって総《すべ》ての推測を下すのではないが、憎くはないがこの女一人のためには、何もかも失ってもと思い込むほどの熱情は、なかったのであろう。その、どこやら物足らなさを、彼女の魂の中の暴君が、誇を疵《きず》つけられたように感じ、恋もし、慕いもしたが、また悔みもした。
勝気の女はかなしかった。女人の誇りを、恋人の前でまで、赤裸《せきら》に投捨てられないものの恋は、かなしいが当然で、彼女は自ら火を点《つ》けた焔《ほのお》を、自らの冷たさをもって消そうと争った。
彼女の恋愛記は成恋でもなければ勿論《もちろん》失恋でもない。恋というものに対して、自らの魂のなかで、冷熱相戦った手記であると同時に、肉体と霊魂との持久戦でもあった。彼女もまた旧道徳に従って、秘《ひそか》に恋に苦しむのを、恋愛の至上と思っていたらしい。
彼女を恋に導いた友達――野々宮某女は、思いあがった彼女の誇りを利用して、巧
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