あった。渋仕立《しぶじたて》の江戸っ子の皮肉屋と、伊達小袖《だてこそで》で寛濶の侠気を売物の浪六と、舞姫のように物優しい眉山との三巴《みつどもえ》は、みんな彼女を握ろうとして、仕事を巧みすぎて失敗した。眉山は強《し》いて一葉の写真を手に入れたのちに、他から出た噂《うわさ》のようにして、眉山一葉結婚云々と言触《いいふら》したのでうとまれてしまった。
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正太夫年齢は廿九、痩《や》せ姿の面《めん》やうすご味を帯びて、唯|口許《くちもと》にいひ難き愛敬《あいきょう》あり、綿銘仙《めんめいせん》の縞《しま》がらこまかき袷《あわせ》に木綿《もめん》がすりの羽織は着たれどうらは定めし甲斐絹《かいき》なるべくや、声びくなれど透《すき》通れるやうの細くすずしきにて、事理明白にものがたる。かつて浪六がいひつるごとく、かれは毒筆のみならず、誠に毒心を包蔵せるのなりといひしは実に当れる詞《ことば》なるべし
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と評した斎藤緑雨を、そう言ったほど悪くはあしらいもしなかった。かえって二人は人が思うより気が合った。皮肉屋同士は会心の笑みをうかべあいもした。妻帯の事について
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